ネパールについて
ネパールの国の面積は140,800km²。
本州を除いた日本(北海道+九州+四国)にほぼ等しい。
データはすべてCIA World Factbook-Nepalよりネパールで有名な観光地といえば8,000メートル級の山が樹立するヒマラヤ山脈。世界で一番大きい山エベレスト 8,848mがあり、このヒマラヤ登山を体験する為に各国からハイカーやトレッカーが集まる。
昔からバックパッカーの沈没地帯として有名なカトマンズ。適度な都会感と物価安、そしてインドよりも人がよくインドビザの延長に滞在する人が多いネパール。数十年前から生活費のかからない・自由な場所。居心地のいい場所として有名である。インドのように人がうるさくなくおとなしい。
2015年04月にマグニチュード7.0〜8.0の大地震が発生しカトマンズにある有名寺院であるダルバール広場やスワヤンブナートなどが修復不可能と呼ばれるほどの損害を受けた。現在も各国の支援を受けて修復中。
初めて訪れたのは2014年。今回の訪問は2018年。
4年ぶりに訪れたネパールはいろいろな事が変わっていた。首都カトマンズは旅人のバイブル沢木耕太郎の「深夜特急」にも登場する。
はじめに
(アンナプルナトレッキングの玄関口 Naya Pul へはバスでポカラから)
筆者のRonin(Ronin@ No more work)です!
4年前に訪れた時よりも変わらないようで変わっていたポカラの町。
以前に訪れた時には2週間ぐらい滞在した。
毎日レイクサイドを歩けば他の観光客と知り合いになりバイクをレンタルしてはどこかへ出掛けたり、今までの旅路の話や今後のルート。
毎日話し相手はどこかにいたので、ただ滞在しているだけで全く暇なんて事はなかった。
今回は前回と違って少しアクティブな行動を取る事にした。
それはネパールに訪れる人のほとんどが目的にしているであろうヒマラヤ・トレッキング。前に来た時には(ちょっだけ)興味があったのだが結局行かずじまいであった。
今回はカメラも持参した写真旅。前回パスしたヒマラヤ・トレッキングにトライして見ることにした。
パーミットはレイクサイドとダムサイドの中間ぐらいにある警察署のある場所で発行する。
ヒマラヤ・トレッキングの玄関口であるNaya Pul村というトレッキングの玄関口のチェック・ポイントでも発行する事ができるが町中にいるのならポカラにいるうちに行っておくのがいい。このパーミットを取るのは非常に簡単な作業。
書類1枚書くだけ。ホテルやツアーで頼むこともできるが簡単なので個人旅行の場合は自分で行くのがおすすめ。
確か料金は2,000₨(2,000円)だったと思う。(Naya Pulのチェック・ポイントで発行すると少し割高になるらしい)
ポリスステーションと併設しているので無免許運転は注意が必要。徒歩がおすすめ。
ポカラでの登山許可証(パーミット)の取得場所
トレッキング開始~
(村々を通りながら一本道を進んでいくだけなので迷う事はほとんどない)
Naya Pul村はトレッキングの入り口。ここまでバスに乗りコースに入るのが一般的。
Naya Pulの入り口には女性が一人。
トレッキングのパーミットをチェックする場所がある。ここで入山日を書き入れてもらう。
ここでのチェックを忘れ、アンナプルナ内でチェックを受けてしまうと少し面倒な事になるらしい。罰金?なので忘れずに立ち寄りたい。
このチェック・ポイントをすぎるとひたすらヒマヤラ山脈方面へ向けてあるき出す。
(各村々には宿+軽食販売あり。時々客引きがいるが積極的ではない)
1時間から2時間おきに村が点在するので食料・水など装備は軽装で問題ない。
ヒマラヤ・トレッキングと聞けば仰々しい感じがするが道なりは至って簡単。
上り坂が続くかと思えば平坦な道も多く休み休み行けば全くきつくない。途中、日本人の年配トレッカーの方ともすれ違い挨拶をする。
話を聞けば定年まで会社勤め、退職後は念願だったヒマラヤ・トレッキングへ。ガイド2人とポーター1人を連れ登山に挑むようだ。
海外を歩いていると、ふとこんな感じに日本人の人と出会う事がある。
前に旅した時にはたまたま乗ったLCCの飛行機の隣の席に大学教授が座っていた事もある。
僕のような無職の凡人ではしゃべる事も出会うことも普通に生活していたらないであろう人ともフラットに出会う事が出来るのが日本を出た海外の魅力でもあると思う。
日本にいれば肩書や地位がある人はその層で生きる。
しかし海外に出て一度同じ目的地を目指せば気持ちは仲間の仲間なのだ。
(地元の人とすれ違うが外人だらけの場所なので珍しがられる事もない)
午後になると山の奥から雲がモクモクと上がってくる。
歩いているとポツポツ…。うっすらと雨が降って来る。
早朝の雨は少ないが午後になると天気が悪くなって来る。今日は入り口のNaya Pulから3,000m地点の村。Ghode Paniまで歩く予定にしている。
しかし途中で雨が降ればどこかの村で休んでいけばいい。慌てる事はない。雨雲も少し経てばすぐに何処かへ流れていってしまう。山の天気は変わりやすい。
(家畜・畑、ネパールの素朴な生活を垣間見える町中。家畜と道を譲り合う事も)
7時間から8時間ぐらいで一番のお手軽展望台、Poon Hillへ。
Ghode Paniに夕方のうちに到着して一泊。その次の日の早朝に1時間ぐらい登った展望台で朝日を見るプラン。Naya PulからGhode Paniまでの距離は時間にして7時間~8時間ほど…。
だそうだ。「だそうだ」というのはNaya Pulのパーミットチェックのお姉さん(?)に時間を尋ねると「私ならそれぐらいで行けるわ」というもの。
果たしてお姉さんと僕のどっちの体力があるのか。それは間違いなくお姉さんの方だろう。なので時間は目安として暗くなる前に到着すればいい。
ぐらいの気持ちで急がず騒がぜのんびりと行くことにする。
村を通過する時にアンナプルナの人の生活を見ることが出来る。
野焼き・家畜の餌やり・洗濯。いろいろな村の姿を見ることが出来る。特別アンナプルナ内でしか食べることができない食べ物は無い。
しかしポカラと変わりなく食事が出来る事に驚く。山の中なので味やクオリティを求めるのは×。パスタからパンケーキまで何でも出来る完璧に欧米人を見越してのメニューが多くならぶ。
山あいに立ち並ぶ家を見れば煙が上がっているところ、子供が子供の世話をする姿などホッコリとする姿も見える。ネパールはインドと違って人がいいしノンビリしている。山あいの町を歩けば尚更に感じることが出来る。
(高所恐怖症にはキツぃ吊橋。地元民はスタスタ早歩きで渡ってく。すごい…。)
吊り橋あるある。
「お先にどうぞ」「どうもありがとう」すれ違いが厳しそうな吊橋を通過する。Naya Pulを出発した時に先に歩いていたトレッカーグループが手前で止まっている。
「お先にどうぞ」と言われ「どうもありがとう」と返す。彼らにおいつくまで結構時間がかかったと思った、彼らに「吊橋渡らないの?」と聞くと「んー怖い…」と言っている。
ニヤニヤした子供はスタスタとこちらに「ドヤ顔」して横を通過していく。
東京の生活になれた僕は滅多に吊橋なんて渡る事なんてない。
高いところに行くことはあるが、それはビルの中からとか東京タワーとか安全が保証されている場所だから。怖いと言っても怖いだけだ。
この吊橋だってビビってヨロけたら大分怖いだろう…。ネットあるけど目隠しナシだもの。現地の子供はちょっとイタズラにこっちを見て笑いながら小走りで走り抜けていく。
(荷運びのロバの大群。最後尾では木の枝でオジサンがロバを見事に誘導)
「ハィ!!ハィーッ!!」
荷物を積んだロバ立ちが登山道を正確にすばやく登っていく。
トロトロと登る僕は邪魔にならないようにゆっくりと横によって道を譲った。
「ハィ!!ハィーッ!!」棒きれでロバ達を巧みに操るテクニックはお見事。
「もう慣れてるわ!」と言わんばかりにビーサンのオジさんはホイホイと坂道を登っていくのだった。ロバ達は村に僕らトレッカーが食事をするための食料や飲料を運んでくれているのかもしれない。
ありがたや。ありがたや。
(道中には馬や家畜の水飲み場がある)
(村のいたるところにいるのは水牛とニワトリ)
(何箇所が川が流れている場所を通る。ヒマラヤの雪解け水は透き通っている)
Ghode Paniで宿探し。500₨/泊でチェックイン
(目的地のGhode Paniまで1h30m)
目的地のGhode Paniまではもうすぐ。
出発地点のNaya Pulを出発してから7時間ぐらい歩き目的地のPoon hillがあるGhode Paniの手前の村に到着し休憩もそこそこに一気にあるき出し看板通り1h30m程で到着。
天気は曇り空。宿も特別決めて無いため村について数件ある宿を見比べて今夜の部屋を決めることにした。
山頂に一番近く人がそこそこいるホテルに決定。
村を歩いて回っていると数件観光客向けのホテルを発見。
大小4件から5件ぐらいの宿が村にあったが、選んだのはその中で一番高いところにある場所。一番高い場所に宿を取ることで早朝宿から山頂のPoon hillに向かう距離が近くなる。
一番人が多そう、ホテルが立派そうで立地の良い場所を選ぶ。
一番展望台に近いホテル。その名も(HILL TOP)その名前の通り宿のすぐ裏手にある道を登っていくと頂上の展望台まですぐだった。
このときオフ・シーズンが近くなっていたために客の数もまばら。宿に入ると数人の客が暖炉の前で静かに暖を取ったり濡れた衣服を乾かしていた。
修学旅行生が来ても収まってしまいそうなぐらい大きな食堂兼リビングはポカーンと広々。朝食や昼食とピンポイントの時間しか営業をしていないのところも無駄がなくて良い。
今日の宿を探している事をオーナー?っぽい人に説明する。
「部屋の料金は500₨だ。」と言われ二つ返事で今夜の宿決定。
オーナー自慢の窓からの展望は、残念ながらドンヨリとした雲と小雨が降り続けている山々が見えるだけだった。今日の行程はこれまで。
登山口からノンビリながらも目的地にたどり着くことが出来た。その昔富士山を登った事があるが間違いなくハードなのは富士山だった。
それぐらいにアンナプルナトレッキングは初心者にも優しい登山である。
(馬さん。飼い主はイカついおばちゃんだった。)
(村のそこいらに看板・標識があるので村内でも迷う事はない)
小雨降る中 村を見学してあるく。
到着したのが15時過ぎぐらいだった。
当日は天気も一日スッキリとせずヒマヤラ山脈が見える事はなかった。ハイシーズンが12月、その月は晴天率も高く訪れるトレッカーも多いらしい。
村内を散策しようと傘をさして小雨の中を歩く。
しかし人っ子一人会うこともない。さすがに客もまばらな2月では現地の人たちも、観光地向けの仕事をするよりも普段の普通の生活をしているのかもしれない。
残念ながら眼下に広がる景色も雲で真っ白。どうやら今日はおとなしく何もせずに寝ろっていうことかな…。
(村から展望台までは45分と入場料50₨/人)
大雑把な地図だが非常にわかりやすい地図。
看板左側にお手手のシワとシワをあわせているお姉さん。
その横に描かれているのはマップ。非常に大雑把にかかれている。(←ポカラ タトパニ→)なんと方向ぐらいしか大雑把に書いていないが一本道なので全く迷わない。
本当にアンナプルナトレッキングは道も分かりやすく売店も1時間から2時間おきにあるので不自由しない。
出会った人は売店の店主1名のみ…。
結局、村の中を目一杯歩いて30分ほどして宿に帰ってきた。そこでちょっと驚きの事件。
ホテルの中に入り薪ストーブの近くへ向かう。
すると一人のネパール人女性が話しかけてきた。僕はすでにチェックインしているが「部屋を探しているのか?」と聞かれた。
宿代は実は無料だった件。
ディナー+ブレックファースト=宿代は無料
なんと…。
女店主によると宿で「夜ご飯」と「朝ごはん」を注文するとその日の宿代は無料になるということだった。もちろん僕は先程のオーナーっぽい人とのやり取りを話す。
女店主は「ふんふん」と頷きながらそのあとに一言。「ノー・ノー・ノー!」そんな事はない。でもそうしてしまったのなら宿代は返却出来ない。と言われた。
こんな山奥の観光地。しかもネパールでペテンの類にヤラれたか!と少し思ったが鍵を持って部屋まで案内してくれた人間がよそ者で騙すなんて考えられなかった。
その後、別の宿でもその件について尋ねると「シーズンオフではそうやっている宿がほとんど」だと言っていた。
この度始まって以来、「なんとか損しないように旅を続けよう」と思っていたが思わぬところに落とし穴があった。ここはネパール 3,000mの山。こんな場所でも油断は出来ない。
やはり事前にローカル・ルールは学んでおくべきだと思った。
もちろん、この日はその件にちょっと頭に来たので別のホテル?というかプレハブのような小屋で食事を取ることにした。しかし、そのルールが村に周知されているのか、食事だけ食べにくる僕を「??」という顔をして見ている村の人。
仕方なくチョーメンを注文する僕。そしてプレハブ小屋でも見た目が立派なホテルでも料金が全く一緒だった事にはまた少し驚いた。
それでもプレハブ小屋で食べたチョーメンは疲れた体に絶妙なヒマラヤ岩塩であって欲しい塩味がしっかりと効いていて美味ではあった。
本当に飲食だけして店を去る僕を見て相変わらず「??」という顔をしているプレハブ小屋の店主の姿があった。
その後、宿に戻った僕は特別誰と話すこともなくさっさと寝袋を出して寝入ってしまった。
寒い…。寒い…。2月のアンナプルナの山小屋はやっぱり寒い…。
寝袋を持参してよかった。そんな布団の中で僕はあることを思い出していた…。
それはフロントに貼ってあった手書きの張り紙。
「電気毛布100円でレンタル中」
もう至れり尽くせりなアンナプルナトレッキング。
おやすみなさい…。
宿の宿泊は以下のサイトが便利!
ブッキング・ドットコム経由で下記のバナーから予約すると紹介者と利用者の双方に1,800円分のバウチャーがプレゼントされます。
これからも旅を続ける事ができるように応援よろしくおねがいします。
そして利用してくれた貴方も良い旅ができますように。
