パキスタンについて
正式名称:パキスタン・イスラム共和国
面積は80万km2で日本 (38万km2) の約2倍程度。東はインド、北は中国、北西はアフガニスタン、西はイランと国境を接し、南はインド洋に面する。
国土の中心部を流れるインダス川の流域に国民の75%以上が住み、人口の増加が著しい国の一つ。
*Wikipediaより抜粋
日本人は入国するために観光ビザが必要となる。
観光ビザの取得をするために東京、広尾にある大使館へは2度訪れた。
(郵送でのやり取りも可能)
ビザの取得については他記事にて。
非常に厳格なイスラム教徒の国であり、他の国とは一線を画する。
訪れるまでは正直ネガティブなイメージだったパキスタン。
テロリストや戦争、紛争、厳しい宗教など。
実際に入国するとそのイメージは一瞬で壊れた。
人々は、時たま訪れる稀な旅行者に対し非常に親切に対応をしてくれる。
物価も訪れた国の中では最安値。
南部の都市、カラチ、アフガニスタンに近い街 ペシャワールなど。
連日パキスタン国内のニュースで治安の悪さが報道されていたが、
訪れた中国の国境近くの街フンザは「一生ここで生活して良いかも」
と思うほど良い場所。
厳格なイスラム教徒の国のため何処でも写真を撮影するのはご法度。
街を歩いていても女性が働いている姿を見ることはほとんどない。
ホテルでは婚姻前の男女で同室の宿泊は断られたり、
食事をする際にも男女での場合はカーテンで仕切られた場所でひと目に
触れぬように過ごす必要がある場所もある。
この旅で一番に衝撃と感動を受けた国である。
はじめに
(パキスタン ラホール市街 早朝の様子)
筆者のRonin(Ronin@ No more work)です!
ワーガ国境を超えパキスタンの ラホールへ。
パレードを見た翌日の早朝。再び国境の街アターリへ向かった。早朝に出発したため前日とは違い国境へ向かう人は少ない。事前にネットでパキスタン入国への下調べはしたが、いかんせん情報が非常に少ない場所。
陸路での国境超えをレポートする。
実はゆるい検査のインド側 イミグレーション
(インド国境からパキスタンのゲートまで移動するバス)
実は荷物検査も査証もユルユルのインド側。
まずはインド側から出国の手続き。国境付近の案内に従って出国ゲートへ向かう。まず建物に入る前に係員がいて建物に入る許可をもらう。インドらしく係員が凄いフランクだった。
「昼飯食べた?」
「インド楽しかった?」
インド出国での第一関門での質問は上記の2点のみ。「あれ?厳しいって聞いていたけど?」と頭の中で?がになったが、そのままあっさりインド側の国境の建物へ。広い敷地には人ひとり歩いておらず走っているのは貨物で国境を超えるトラックのみ。
そして建物内へ入る前に簡単な金属検査のゲートボディチェック。
これも本当に簡単なものでパッパっとすぐに完了してしまい無事に建物へ。建物に入ると無数のシーリングファンが動いている人気の全く無い場所へ。スタンプを押して貰うゲートへ進むとなんと人がいない…。
「すいませーん!ハロー!」
トコ トコ トコ…。裏のドアから係員がやってきた。僕のパスポートを見てインドのビザを確認。何を聞かれる訳でもなく、無事に出国スタンプを押される。 あれ? ゆるい…。
順番がどっちか忘れたが次は、飛行機に乗る際にもお馴染みのX線検査とボディチェック。これが一番厳しいかと思っていたが…。
「すいませーん!ハロー!」
なんと!荷物の検査場には人っ子一人いない…。しばらくその場で待っていると他の係員が検査員を呼んで来た。ちなみに僕以外は他に誰もいない。グオングオンとファンが回る音だけ。数人いる警備の係員は暇そうにあくびをしている。
荷物検査でやってきたのはサリーを身にまとったおばちゃん。
おばちゃんは身振り手振りで荷物を検査機のベルトコンベアに乗せろといっている。そして荷物をX線に通すが…。たぶんじっくり見ていない…。しかもあくびしながらやってるw
そして検査が終わるとおばちゃんは装置の電源を切り再び奥の部屋に消えていった。こうして出国する手続きが進み、X線を通したはずの荷物を再度、手荷物検査。そこでは男性の係員が居たが、笑顔で世間話をしてくる。
「危険物は持っていないか?中を開けていいか?」
もちろん断る理由もないので「OK」と答えるとバックパックの上をパカっと開けて、日本のドン・キホーテの袋に入っている僕の靴を指差し「これなーに?」僕は「靴だよ」と答えると「OK!ハブアグッドデイ!!」という感じで終わって無事にインドを出国となった。
あれ?全然厳しくないじゃないの…。
そして最後に一言
「観光客がこの国境を通ったのは3ヶ月ぶりぐらいかなぁ…」
こんなにゆるい国境を通ったのは後にも先にもこの場所だった。
厳しい質問のパキスタン側 イミグレーション
(パキスタン側から見るインド国境の様子)
無事にインドを出国しパキスタンへ入国する。
通過するのは僕一人。係員たちは久々にここを通過する観光客が珍しいのか3人、4人と僕を取り囲んでは、みんなでおしゃべりを続けている。空路のような事務的な感じのない人情味のある陸路国境だ。
パキスタンのイミグレーションでは質問攻め
パキスタン側のイミグレーションのある建物に入る。パキスタン側のイミグレーションはインド程大きくなく色の無い冷たい感じの建物だった。建物の中には沢山のアシナガバチがぶんぶんと飛んでいる。こちらはしっかりとイミグレーションには係の人が座っている。
パスポートを提出すると色々と質問をされた 。
1.パキスタンへの渡航目的
2.パキスタンでの滞在期間
3.結婚の有無
4.宗教・家族構成
5.何処に宿泊するのか
6.何処に行って何をするのか?
7.友達や知り合いがパキスタン国内にいるか?
など…。
この中で一番困ったのが5.の何処に宿泊するのか?だった。
僕は事前に宿を予約していなかったが、事前にブッキング・ドットコムに掲載されていた宿の住所と詳細をスマホにスクリーンショットしていて、それを係員に見せることで事なきを得た。そして、その場所までの交通手段を聞かれたが、「バス・リキシャを乗り継いで行く」と答えると係員は少し怪しんだ目で僕をちらっと見たがなんとか通過出来た。
晴れてパキスタンへの入国スタンプが押されゲートを通過する事が出来た。看板や案内が一気にウルドゥー語になり改めて違う国に来たことを実感した。ゲートを出ると数人の係員がいるが公務員の制服以外の男性の格好は、ほとんどの人がパンジャビスーツだ。
国境職員にアイスキャンディーを買ってもらう
※国境の敷地内で撮影禁止の場所なので写真はなし。
「ハロー…アー アー…。チャイナ??」
「ノーノー ジャパンです。」パキスタン側の国境敷地内を移動する際にはバスではなく、日本の遊園地内に走っているようなトレーラートレインで出口へ向かう。トレーラートレインを待っている間に数人のイミグレーション職員の男たちが僕の周りに集まってくる。
気づけば4人〜5人の男性職員に取り囲まれてしまった。その中の一人、英語が話せる男性がしきりに僕に質問を投げかけてくるが、どうやらただの興味本位からのようで怪しまれている様子はまったくない。他の職員は英語が話せないのか、英語の話せる男性が会話の内容を翻訳して仲間に伝えているようで、彼が翻訳すると「アー!あーー」とみんなが頷いている。
そして、またもや一人の男性職員が僕に駆け寄って来た。
手にはアイスキャンディーを持っている。なんと!イミグレーションの職員が突然そのアイスキャンディーを僕にくれたのだ。「食べろ!食べろ!」という。!?!?!?!?
なんだ?なんだ?
職員にアイスを買って貰うなんて今まで経験したことがないぞ!なんだここは???僕の頭の中がぽかーんとなっていると、また一人新しい人物がやってきた。
「パキスタンマネーは持っているか?」
そうだ。国境を超えたら通過も変わるのだ。僕は国境に差し掛かる手前の街アターリの調子の悪いATMでインド・ルピーを引き出していた。クレジットカードも持っていたが、この先のパキスタンでクレジットカードが普通に使えるかどうか分からなかったし、セキュリティ面から見ても積極的にカードを使う事は控えようと思っていた。
新しくやってきたその人物はパキスタンの通貨であるパキスタン・ルピーを持っているかと訪ねてきたのである。「持っていない」と答えると「いくらインド・ルピーを持っている?」と聞かれ本来持っている金額の半額、日本円で5,000円分持っていると答えた。
すると、「あそこに銀行があるが閉まっている。しかし両替する方法がある」という。
パキスタン・ルピーを1円も持っていなかった僕はオジサンの言葉を信じ、言う通りに銀行の横で待つことにして数分立つとオジサンが戻ってきた。
キョロキョロと周りを見渡し一瞬のすきに…。
オジサンの懐からパキスタン・ルピーが登場。渡したインド・ルピーを一瞬で両替。オジサンは「早く隠せ!」という。おそらくオジサンは闇の両替商なのだ。
すぐに僕はスマホのレートでインド・ルピー・パキスタン・ルピーの変換レートをチェック。するとちょっとレートより悪かった。僕がその事を伝えると、なんと1,000パキスタン・ルピー多く渡してくれた。
なんと…
インドでは全くありえないような事がパキスタンでは起こった。そして変換レートはスマホで調べたレートよりも良いレートで交換する事が出来た。今まで騙され続けたインドの感覚で警戒していたので度肝を抜かれてしまった。
とりあえず無事に手持ちの全てのインド・ルピーをパキスタン・ルピーに両替する事が出来た。国境を抜けるとそこには何も無い駐車場が広がっていた。何処の国も国境の街はあまり魅力的ではない。
僕は駐車場に止っているリキシャに声を掛け国境から一番近い街ラホールまで連れて行って貰うことにした。この時の料金は800パキスタン・ルピー。インドと違いリキシャはたった1台。インドのように他のリキシャと料金を比較する事もできずボッタくられているのかも分からず乗車した。情報もなくこのまま何処かに連れて行かれたらお終いだとも思った…。
無事にラホールに到着
(リキシャに案内して貰った宿。他国の観光客も宿泊していた。)
ウェルカムだ!ジャパニーズ!!
国境から街へ向かう途中、リキシャの運転手は終始話しかけてくる。インド同様にパキスタンでも英語が話せるリキシャは仕事が多いらしい。リキシャもパキスタンとインドでは少し形が違う。インドのリキシャは屋根のみで両サイドが開いているが、パキスタンのリキシャは両サイドにしっかりと扉がついている。かぼちゃの馬車のようなリキシャで外が微妙に見えない。
ある場所で突然リキシャが停車した。
するとリキシャの運転手は手に2本のコカ・コーラを持って戻ってきた。「これは俺のおごりだ。」という。???
僕は、心の中で(毒でも入っているのかな?)と警戒しながら飲んだが全く普通の美味しいコーラだった。「タバコ吸うか?」と手持ちのタバコも勧めてくれる。
インドからパキスタンへ入ってから何かが違う…。人が親切だ。いやいや。まだまだ。安心してはいけない。まだこの国に入ってから半日も経って無い。街の景観はインドと似ているが何かが違う。僕はリキシャの運転手に宿を探している事を告げ一緒に宿を回って貰うことにした。
一軒目・二軒目と宿の宿泊を断られてしまう。
ラホールの街にリキシャが入ると交通量が増えてきた。最初、運転手はどう見ても高いホテルばかり紹介して来る。しかし僕が手持ちのお金が無いことを伝え貧乏旅行者と見ると真剣に安いホテルを探してくれた。
しかし、一軒目、二軒目とホテルのフロントへ行くと何故か断られてしまう。運転手は必死にホテルのフロントでなにかを説明しているがやっぱり宿泊出来ない。インドならすぐに宿泊させてくれるのに一体なぜなんだろう…。
そして三軒目の宿でようやく宿泊する事が出来た。聞けば観光客が宿泊するのは僕が宿泊した(Lahore Backpackers)そして(Regale Internet Inn)という宿が有名。中心部から少し離れているが何処もリキシャで動ける範囲なので問題なさそう。
どちらも近いのでラホールに泊まる際には見比べてみるのが良い。
価格についてはドミトリーで700円〜800円ほど。
パキスタンではパキスタン・ルピーの他に米ドルを使うことが出来る。
むしろパキスタン・ルピーよりも米ドルの方が好まれる。
宿はインドよりも清潔でインターネットも完備されていて停電も少ない。
さいごに
(ラホールバックパッカーの共用部)
ドキドキのパキスタン入国
インドのアムリトサルを早朝に出発し、パキスタンへ入国。
国境ではアイスをゴチになり、突然の闇両替に一体何が起きたのかわからず、宿も数件断られたがなんとか宿無しになることは避けられた。
リキシャの運転手は、タバコを勧めてくれたりコカ・コーラを買ってくれたり、疑心暗鬼で入国したパキスタンも宿に到着してから振り返ると結果(ただの親切)だったことが分かった。
イスラム教徒の教えでは旅人には親切にすること
宿の人に上記の出来事を話すとこう言った。
「旅行者へは親切にしなさい。」とイスラムの教えがある。と。
今までの人生の中でイスラム教徒の人に出会ったことは無かったが、ここパキスタンに入国してから数時間、出会ったのは本当に親切な人が多く優しい人ばかりだった。インドのデリーで旅行代理店に騙された事、ジャイプールでお金で揉めた事など、インドでの出来事を振り返っても、ここパキスタンでは全く違った。
そう、騙そうとしてくる人がまったくと言っていいほどいないのだ。
これは楽しい国に来たのかもしれない!
僕はまだ初日で、ろくに観光にも出歩いていないがパキスタンという国が非常に好きになった。明日はラホールの街を歩いてみよう。今回も宿泊の日程を決めずに滞在することにした。
宿の宿泊は以下のサイトが便利!
ブッキング・ドットコム経由で下記のバナーから予約すると紹介者と利用者の双方に1,800円分のバウチャーがプレゼントされます。
これからも旅を続ける事ができるように応援よろしくおねがいします。
そして利用してくれた貴方も良い旅ができますように
