【ワーキングホリデー】

【体験談】退職、そして東日本大震災|無職生活の始まり

はじめに

【退職祝いにお客さんから株分けしてもらった植木】

 

この記事を書いた Ronin(X: @Roninwalker03) です。X(旧Twitter)では旅行・アウトドア・フリーランスの情報を発信中!ぜひフォローしてください。

 

会社を退職することに決め水面下では、友人との仕事を始めることの準備を進めていた。進めていたと言っても、将来の一緒に仕事をしてうまくいった場合のイメージを飲みの席で話しているようなふわふわとした与太話。そんな程度だった。

後になって考えれば、本当にふざけていた。

仕事をするには相手先や取引先があるはず。その相手への挨拶や、仕事の諸条件など、友人と詰めることなく夢物語を語る毎日。当時の職場に対してのフラストレーションや新しい生活が待っていること、自分が変わることができる。そればかりが頭の中を巡って、肝心の仕事の内容については全く触れないまま、僕は今の仕事を辞めるための行動を進めていた。

友人の口車に乗り、誰にも相談せずに突っ走ってしまった自分の行動、今思えば、本当に恥ずかしいと思う。当時の会社の同僚や上司にも迷惑をかけてしまった。

 

退職の申し出|上司への切り出しと一通の退職届

(新宿の某ビルからの風景)

「すみません、少しお時間よろしいでしょうか?」

 

ヘビースモーカーの上司が路地でタバコを吹かしていた。

周囲に会社の人間が居ない事を確認して、退職の話を切り出した。

 

良くドラマや映画であるように僕の背広の裏ポケットには”退職届”を潜ませている。

退職届はネット上で見つけた定型文に名前を加えただけの簡素な物だった。

 

退職届、退職願などネット上では意味合いが異なると書かれていた気がする。

僕のいた中小企業ではどちらも対して変わらないだろうが「届け」とした。

 

「わかった、一応聞いておいたよ。」

 

そう言われ僕は路地裏を一足先に去った。

上司は、短くなったタバコの火を使い2本目のタバコに着火したところだった。

 

引き止め|社長との1時間の面談

(お世話になった社長と面談するのは辛かった)

 

その後に、社長から呼び出しを受けた。

1時間ほど、退職の引き止めを受けたが最終的には理解をしてもらった。

 

「正社員を辞めると後が大変だぞ。」

「一度辞めた後に戻りたいと言っても戻ることは許さない」

「会社全体としては定着率がいいのに、なぜ辞めるのか?」

 

大体そのあたりの事を聞かれた記憶がある。

正直に「友人と事業をやりたいと思っている」ということを話した。

 

その時には同業なのか?を何度も聞かれた覚えがある。

同業他社への転職を危惧されたと思う。

 

しかし、そうでは無いことも伝えた。

 

その後、朝礼で僕の退職の件が公に発表され、僕は数日後には会社を去る事になった。

この会社では私的な理由で使う事が出来なかった有給休暇。

 

溜まった有給消化は1ヶ月分あったので1ヶ月は休んでも給与が支給された。

会社から全ての荷物を引き下げた。

 

今までお世話になった机とピカピカに磨き上げた。

 

新たな挑戦|友人の事業を手伝う日々

(紹介された仕事はリフォーム営業の仕事)

会社を退職した後は毎日のように友人の仕事に同行した。

 

早く仕事を覚えたい。

年齢は20代半ば、気合と根性がみなぎっている!

 

若い時の情熱というのは今考えると本当にすごい物がある。

寝ずに仕事をして、夜は飲み歩く。

 

最初は丁稚奉公ということで給料もほぼ0円で仕事を手伝っていた。

お金のことについても「友人だから」ということもあり、あまり問いただすこともなく無休で働く日々が続いていた。そんな日々が1ヶ月、2ヶ月と続いていった。

 

ただ毎日の仕事をこなして過ぎていく日々。

 

2011年3月、”ドン ガタガタガタガタ!!

 

東日本大震災|事業の空中分解と”無職”の始まり

【地震後には計画停電が実施された。居酒屋へ行くとローソクが出て来た】

 

その日、東京の自宅で休日を過ごしていた時にあの大地震が起きた。

 

食器棚の棚は落ち、水槽の水は左右に揺れに揺れ、金魚たちはひっくり返っていた。

ガラス製品が落ちないように気をつけながら低い体勢で家の中を移動する。

 

自宅で飼っていたペットの犬もビクビクと震え、

僕らは一緒に机の下に入りじっと地震が収まるのを待った。

 

それから、しばらく街は混乱した。

そして、僕らの仕事も関係も混乱していった。

 

契約していたメインの大口取引先がこの地震で大損害を受けた混乱で取引が停止。

その一社専属の仕事をしいていた友人は結果、仕事がなくなってしまった。

 

そして、友人自身の生活も危うくなっていた。

仕事のなくなった彼は会う度に生活がすさんでいくようだった。

 

即戦力にならない僕はどうすることも出来なくなった。

 

数日前まで、笑って、泣いて…。

それでも面白おかしくやっていた日々が一気に消えていった。

 

そして、一緒に事業を立ち上げる話は空中分解した。

収入が0になり、技術も経験もコネも無い僕はただの無職になった。

 

その時はこの状況を軽く考えていた。

今までのバイトの経験から仕事なんてすぐに見つかるだろう。と思っていた。

 

4年間の会社員生活で貯めた貯金もあるし、これから職安に行って失業保険も申請出来る。

友人とも疎遠になり、失業保険の申請、職探しの為にハロワに通う日々が始まった。

 


この記事のまとめ

  • 路地でタバコを吸う上司に退職を切り出し、退職届を提出
  • 社長から1時間の引き止め面談を受けるも意志は変わらず
  • 退職後は友人の事業を手伝い、若さに任せて働く日々
  • 東日本大震災で事業は空中分解し、無職生活が始まる

 

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