【会社員時代良く行った田町駅、芝浦出口前の様子】
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ハローワークへ|人生初の職安で感じた社会保険のありがたみ
「こんにちは~」
入り口をはいると、2名の女性が談笑しながら来訪者へ案内を行っていた。
僕は退職した会社から送付された雇用関係の書類を提示し担当窓口へ案内された。
人生で初の職安、通称ハローワーク(以後ハロワ)に来ていた。
ここに来た目的は2つ、「失業保険の受給」と「再就職先探し」の為だった。
失業保険の仕組み|「会社都合」と「自己都合」の違い
正社員として勤務した4年間。
その間給与から天引きされていた雇用保険から失業保険が支給される。
天引きされていた頃には、悔しいと思っていた社会保険。
いざ使う立場になるとありがたさを感じる。
この後は3ヶ月待った後に3ヶ月間失業保険が支給される。
失業保険から支給されるのは大体給与の6割〜7割り程度だったと思う。
この雇用保険には「会社都合」と「自己都合」がある。
僕は後者の「自己都合」の退職である。
ざっくりいうと「会社都合」の方が本人にとって都合が良い。
「自己都合」の2倍は良いものだという感じ。
会社都合の方が、失業保険の受給額も多くなる。
職業訓練校へ興味があれば「自己都合」よりも有利に審査される。
ハロワの風景|求職者であふれる待合室で感じたこと
噂には聞いていたが、ハロワは満員御礼の混み具合だった。
待合席もほとんど空席がなく老若男女沢山の人がいる。
求人検索をするPCはいつも満席。
真剣な顔して求人を検索する人、ぼーっとただただ見ている人。
色々な人がいたが、PCに座っている人に共通している事は「皆、失業している」こと。
ついたてを挟み、10席程の横並びの窓口も常に求職の相談者で賑わっていた。
その多くは中年男性がほとんど。
希望の職種や紹介された求人票が机に並べられ担当者が忙しく電話をしている。
「ここにいる人がみんな失業しているのか…」
安心するやら、なんだか可笑しくなるやら。
そんな気持ちになった。
これだけ混雑しているのだから随分待つ事になるかと思いきや。
あっさりと僕の番号が呼び出された。
35歳未満の僕は「若年者相談窓口」というカウンターへ案内された。
横並びのカウンターの中でも一番隅っこのカウンターだった。
他の窓口と比べると人は少ない。
35歳未満の人がそれだけ少ないということだろう。
ここで担当者の人と今までの自身の経験、再就職先の条件などをヒアリングして貰う。
同時に職業訓練校への案内、失業保険受給する為のスケジュールも確認した。
「ご苦労さまでした」
帰り際に警備員さんに挨拶された言葉が妙に引っかかった。
「ご苦労さまでしたか…」
何が苦労したのか、どうなのか分からないままその日は自宅に帰った。
求職活動をしている自分よりも、実際に働いて社会の為に働いている警備さんに僕が「ご苦労さま」と言いたい。
【無職で悩んだ時は良く江ノ島へ海を見に出かけた】
この時、同時並行してハロワの求人意外にも大手就職サイトへの登録も行っていた。
リクナビ、マイナビなどの大手のサイトは新卒の時の就職活動でアカウントを持っていたのでそのアカウントをそのまま流用し再就職活動を行った。
失業保険を受給出来るのは3ヶ月後からだ。
正直、失業保険を当てにするほど、生活も困窮していた訳でも無かった。
それより、一刻も早く再就職したい気持ちの方が大きかった。
会社員という生き方|父の背中と”看板を外せばただの人”
代々、お勤め人の家計の我が家。
僕自身も毎日休みもせず会社に通う父親を見て育って来た。
「会社員は気楽でいいぞ」
いつか父親が言っていた言葉だった。
何が気楽なものか、僕が小さい時には父親はほとんど毎日会社に行っていた。
社員同士の交流も多く、会社主催のBBQや野球大会に社員旅行。
今の社会では消え去った“ザ・昭和”の会社だった。
そんな父の背中を見て育ったので自分も会社員になる事を疑わ無かった。
一生ひとつの会社で勤めあげるのが普通だと思っていた。
そう思っていた自分が会社員になって「何かが違う…」と感じた。
気楽というのは、別の意味で気楽だと言うことだと仕事をしながら感じたのだ。
そして、僕は会社員意外の道を探そうと思った。
それが実際に行動した結果が、数年間で会社を退職。
仕事先を失い完全に無職になったアラサーの男が出来上がっていた。
「会社にべったりとした家族ぐるみのような付き合いはしたくない」
僕はそう思っていたタイプだった。
だからこそ、会社を辞めて友人と仕事をする、それがとても魅力的に思えたのだ。
だが結果は今こんな感じで求職活動をしている自分がいた。
不満を言いながら、何かしらの行動をするも結局何もかも中途半端…。
当時の僕はやる気がある日もあれば自己自己嫌悪を陥る日もあった。
この時に分かったのは、会社の看板を外してしまえば「ただの人間」だと言うことだ。
特別な技術を持っていない人間は会社を辞めれば本当にただの人なのだ。
「手に職をつけろ」
過去にはそう言ってくれる人も多くいたが当時は何を言っているのか理解出来なかった。
しかし、今の状況になって見ると、その言っていた言葉の意味が良くわかる。
カタカタカタカタ…。
PCを立ち上げメールをチェック。
求人検索も忘れない。「営業職」「第二新卒」とワードを入れながら再就職先を物色。
毎日、会社員時代と同じ時間には起床し、求人検索をする日々を送っていた。
僕が仕事をするにあたり、重要視していたのが「完全週休2日 土日休み」。
給与は「25万円以上で正社員」だった。
前の会社と同じ条件で働きたいと思っていたが、やはり新卒時と中途では大分違う。
新卒採用は中途採用と比べかなり就職のハードルが低い。
世の中の仕組みがこういうのだから再就職は難しいと言われるのも理解出来る。
特殊スキルの無い人は文句を言いながらでも会社にしがみつく方が有利なのだ。
良く、「諸外国では転職をするのが普通」などと言われているがここは日本なのだ。
あとはぶっちゃけコネが最強。
実力意外にもコネが最強なのはアジアの国共通である。
だから、居酒屋で会社の文句を言ってスッキリさせ社内ニートになりながらも会社で働く。
そんな生き方が一部では横行するのだろう。
自分が社会の中でこの位置に立ってみると、優秀な人は本当に優秀なのだと思う。
世渡り上手な人は人付き合いが上手な人だ。
誰がなんと言おうと、つまらない人よりも楽しい人と一緒にいたい。
マイナスやゼロの人よりもプラスの人と付き合う方が自分にとっても良い。
変わらない日々は続く。
朝起きてから毎日PCに向かい企業に履歴書を送りメールボックスを見る。
近所の人からは「今日は休み?」と聞かれる事がこのうえなく鬱陶しかった。
自宅の周りには古くから住んでいる人が多く、年配の人も多い地域だった。
なので路地で昼間からぼーっとしている人も多い。
昼間に家の外を出歩いていると、そんな人からサーチされ興味の対象にされる。
話題がなければ人の事を話題にする。
井戸端会議の専売特許だ。
良く新興住宅地では「道路族」がなんとかと問題になることも多い。
しかし、この場所では小さな子どもが道路にチョークで絵を書いても誰も文句を言わない。
ケンケンパーの絵がしょっちゅう書いてあっても誰も咎めない。
人をやたらに気にするのが鬱陶しいと思ったが、そういう人情的な部分は好きだった。
再就職|1ヶ月の就活を経てつかんだ内定
僕の就職活動も1ヶ月になろうとしていた。
はぁ…。
早く仕事決まらないかなぁ。
仕事探しはエネルギーを多く消費する。
こうした日々が続き気分が参ってしまった時が一番危ない。
条件を落として、落として、どんどんとブラック企業よりの求人にハマってしまうからだ。
そしてハロワでの活動と平行して、就職活動を行う日々が続いていたある日。
ついに、ある会社の最終面接を通過し晴れて再就職を果たした。
希望していた条件よりも大分落としたが、とりあえず「正社員」になることが出来た。
休日は減ったが給与は初任給から前職よりも高い水準の会社だった。
ようやくとこの日々が終わる…。
社会から孤立したこの生活がようやく終わる。
僕は安堵した…。
この記事のまとめ
- 人生初のハローワークで社会保険のありがたみを実感
- 失業保険は「会社都合」と「自己都合」で大きく違う
- 満員のハロワで様々な求職者の姿を見て考える
- 「看板を外せばただの人」――会社員という生き方を見つめ直し、1ヶ月で再就職へ
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