はじめに
【姉のお古のピンク色のスーツケースと38Lのザック】
この記事を書いた Ronin(X: @Roninwalker03) です。X(旧Twitter)では旅行・アウトドア・フリーランスの情報を発信中!ぜひフォローしてください。
2011年の10月。
僕はオーストラリアのシドニーにいた。
日本からオーストラリアのシドニーへは大体7時間ぐらいだったかな?
「あぁ体がだるい…。」
オーストラリアのシドニー空港に降り立った時に体はどっと疲れていた。
幸い日本とオーストラリアの間の時差は1時間と少ない。
シドニー空港に到着し、英語の看板が目に入って来る。
「ようやく日本を抜け出すことが出来た」
しかし、それと同時に感じた印象としては、「想像していたよりも外国っぽくない」。
その理由は、どうにも欧米の雰囲気でもアジアの雰囲気でもない。
欧米とアジアの中間と言った感じだ。
空港内の人を見回しても白人というよりもアジアっぽい人が多い。
そう今日から1年間のワーホリビザを取得してオーストラリアへ来たのだ。
日本でやりたいことがみつからない
【11月の成田空港のロビー。10月〜11月は閑散期なので飛行機も安い】
これまでの僕の海外渡航経験はアメリカ、タイ、ベトナムの3カ国。
まだまだ、海外の渡航経験としては少なく知識もない。
そして、もちろんだが英語は「イエス・ノー」しか話すことが出来ない。
中学高校の英語もほぼ一番下の成績だった。
2011年の2月に、新卒で4年間勤めた会社を退職した。
会社を退職した理由はワーキングホリデーに行こうと思ったからではない。
友人から誘われた仕事の話にのっかり会社を退職したのだ。
しかし、その転職もうまくはいかず結局無職になってしまった。
そして、誘ってくれた高校時代の友人とも、それがきっかけで疎遠になった。
若さゆえの突っ走った結果だった。
自信満々で会社を退職したは良いものの、転職活動は失敗。
ある日、突然に無職になってしまったのだ。
特にやりたいことも見つからなかった。
何か現状から変われることを信じて転職を選んだが、会社を退職し状況は悪化した。
転職活動もしたが、結局うまくいかず、日本にいても何もやることがなくなってしまい、海外へ「なにか」を探しに行ったというのが実情だ。
到着しても心ここにあらず
【オーストラリアドル。手数料がバカ高い日本の両替所で3万円分ぐらい両替した】
有り余る程の時間。
少々の貯金と失業保険を受給し手元に現金を持った僕が考えついた答え。
それが「何処かの国で生活して見たい!」ということだった。
そして、会社を退職した年の11月。
決して準備万端とは言えない無計画のまま、この地に1人やってきたのだった。
ワーキングホリデーと言えば、何年も前から準備をして出発するもの。
僕の場合はやりたいことがなく、有り余る時間がある。
そのうえでの時間つぶしという感じの選択だったのかもしれない。
だからだったのかも。
飛行機に乗ってもワクワクしなかった。
そうして格安航空会社のジェットスターでオーストラリアへ到着した。
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この記事のまとめ
- 2011年秋、約7時間のフライトでシドニーに到着
- 日豪の時差はわずか1時間で時差ボケの心配は少ない
- 第一印象は「想像していたより外国っぽくない」
- 欧米とアジアの中間のような独特の雰囲気を感じる
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